※ 読まれる前の注意
真田幸村ファンの方。
その中でも幸村に裏など決して欠片も無いと思われている方は、忘れてください。
読まれた後に気分を害しても責任は一切取りかねますので悪しからず。
大丈夫、どんな幸村でもOKだよと思われる方のみタイトルからご覧下さい。
[4回]
花盗人
花盗人
まだ情事を色濃く残す空気の中、元親の規則正しい寝息が部屋を満たす。
夜の帳が降り当然のように始まった情事で、よがり狂い啼いて許しを請うも元親は幸村により幾度も追い上げられ、度重なる吐精に気を失って褥に沈んだ。
欲が満たされた元親の肢体はまだあたたかく、早春の夜気に晒されてもぬくもりを失うことがない。
眠っているはずの身体は時折小さく身じろいで、幸村を求めるように腕が布団の上を彷徨っている。
「誠に、愛らしい。元親殿」
小さく幸村は笑う。
頼りな気に彷徨う白い指を取ると、その指先に口付けを落とす。
伝わる熱に安堵したのか、幸村の手の中にある元親の指から力が抜けた。
「誠、愛い」
闇の中、意地悪く口端を上げて嗤う幸村に、昼間の彼が纏う輝きは無い。
元親の身体を抱き寄せながら昼間の出来事を思い返す。
「お前、聞いたぞ」
ズズッ、と音を立て孫市が茶を啜る。
「なにをでしょう?」
別段これと言って親しい間柄というわけでもない相手から、話がしたいと茶室で向き合ってからすぐの言葉に、思ったままを口に乗せる。
幸村に向かって吐き出された言葉は、いかにも面白くないといった感を表していた。
その相手の態度に心当たりも無く、何事かと意思表示をして先を即す。
「お前、元親と恋い慕う仲ってぇのは本当か?」
「はい、誠にございます」
嬉々とした声で答えてやれば、孫市はこれみよがしにため息をつく。
「その事でなにかございますか?」
孫市の不遜な態度にも気にも留めずに幸村は聞き返せば、孫市は露骨に馬鹿にするような目で幸村を見た。
「お前、身代わりになるつもりか?」
「身代わり?」
抽象的な孫市の問いに何の事だと幸村は問いを繰り返す。
「分かってんだろ。お前。元親がお前の先に誰を見てるかってこと」
湯呑みを持った手で指差され、幸村はようやく意味を理解する。
「ああ、その事ですか、彼のご子息のことですね」
今まで、何度となく色々な人、特に土佐の方々には会うたび言われていた。
『声が信親殿と瓜二つ』だと。
彼は当に英霊となった方、勿論一度として会った事はないので、云われた当初はよく戸惑っていた。
が、今は何でもない事のように、朗らかに応えれば、孫市は自分で言い出したことでありながら、渋々といった風に頷く。
「あんた、自分があいつの声にそっくりなこと、充分判ってんだろ」
孫市の指が宙で廻り、トントンと自らの咽喉を叩きながら、尚も言い募る。
「性格は品行方正、礼節を重んじ、頭もきれる。快活に笑う様も、贔屓目で見ても、まあ似てるんだろうよ」
元親殿、と二度と帰らぬその声で、キラキラと輝く無垢な眼差しで、爽やかな風を纏うように笑いながら、彼に詰め寄る。
そんな幸村を困ったように、でも嬉しそうに受け入れる元親を想像して、その想像に孫市は反吐が出る。
さも、そんな物は、つまらない物だと吐き捨てた。
「色恋事には良くも悪くもあんた子供だから、代用品扱いに我慢できねぇだろうと思ってたのに」
言って孫市は苛立ちと一緒に茶を啜った。
露骨に鼻にシワを寄せ、私をなじる。
「不味い」
冷めた茶の感想ではないのが、私に寄越す視線で知れる。
「しょうがないですよ。本気で元親殿に惚れたのだから」
幸村がさらりと言ってのけてみれば、孫市の目が一瞬で厳しいものに変わる。
戦場でも稀にしか見る事の出来なかった、本気の目。
孫市は幸村から視線を逸らさず、静かに湯呑みを置く。
「あいつが本気で相手にするとは思ってなかった。第一接点なんざ、ひとつも無かったのにな」
まるで、二人の出逢いからして間違いだと言わんばかりの孫市の言葉に、幸村はさすがにため息を落とす。
孫市は怪訝そうに眉を寄せた。
幸村は自ら鉄瓶に湯を注ぎいれ、空になった孫市の湯呑みに茶を淹れる。
「そうですね、接点など無いに等しい」
たった一度の、一瞬にも満たない戦場で駆け抜ける彼に魅せられただけ。
彼の風貌は余りにも鮮烈で、聞けば何処の誰かはすぐわかった。
それからは――
「ことあるごとに、お慕いしていると何度も何度も、言葉で、視線で、態度でお伝えして。元親殿が私を受け入れてくれただけの事」
何年も逃げ回っていた元親殿を逃げられないように自らの容姿で捕まえて、少しずつ少しずつ、彼の隙間に自分を捻じ込んでいった。
「それを間に受け、いい歳こいてお前と情を結んだことに俺は呆れてるんだ」
一気に熱を取り戻した湯呑みから手を離すことなく、孫市が幸村を見据える。
「なんですかそれは?どうしても悪いのは元親殿だと言いたいのですか?」
「あぁ。」
「何故?最初に好きになったのは私。告白したのも私。泣いて嫌がる元親殿を無理矢理手に入れたのは私なのに、何故元親殿が悪いのですか」
子供特有の傲慢さで元親を手に入れたのだと、端的に話しても孫市は納得しない。
「武士の嗜みにしては逸脱していると?それとも、いずれは敵味方で戦うかもしれないからですか?」
批判するのに、何ひとつはっきりと理由を言わない孫市に幸村が焦れる。
「私の輝かしい未来に元親殿が傷をつけるとでも?」
元親のことが好きだと、元親が欲しいのだと、何度も訴える幸村に対し、仲介役として頼み込んだ三成も、ただ幸村の将来を案じ続けていた。
だから幸村はてっきり孫市もそれと同じことを言っているのだと思ったのだ。
「なぁーにが輝ける将来だ。お前のことなんざぁどうでもいい」
鼻っぱしらを折るような孫市の言葉に、幸村はますます意味が分からないと不満げに口を曲げる。
「では、どういう事でしょう」
まるで子供の癇癪と同じだと思いつつ、幸村は目の前の理解できない男を見た。
「――あれは、あいつの前だけで全てを曝け出してた」
少しの間があってポツリと吐き出された。
名詞を伴わない言葉でも、幸村は脳内で誰の事を指しているのかを理解する。
「信親殿?」
「あぁ」
「元親殿が曝け出すとは、なにを?」
「だから、『全部』だ」
強さと類い稀な頭脳を持ち、穏やかな人柄で多くの人望をも集めていた信親。
そんな彼が殊更大事にしていたのは、彼の主であり父親の元親だということは誰の目にもあきらかで。
「あいつは、元親も知らないうちに元親を自分だけのモノにした。信頼も、心と身体も。元親本人にすら自由にさせず、あいつは全身全霊をかけて元親を自分のモノにし、縛り付けた」
愛情、と呼ぶには狂気めいた感情。
土佐の出来人とまで呼ばれ、見事な蒼銀髪と整った顔をした元親を、次期当主である信親は幼い時からずっと執着し、離さずにいた。
それを傭兵として雇われていたときに、間近で目にしていた孫市だからこそ、幸村に感じるそれと似通った執着に、幸村が元親を欲することに恐れを抱いた。
「その呪縛は、あいつが死んでも解けてねぇ。あれは、死ぬ時に元親の心を持っていった」
幸村とて、信親と元親の九州征伐の噂は幾度か聞いたこともある。
それは、戦乱の世なれば吐いて捨てるほどに溢れかえる不幸のひとつ。
それが、偶々自分の息子に降り掛かっただけのこと。
「信親の死後の元親は本当にひどいもんだった。『姫若子』を通り越して『人形』っていう揶揄が飛ぶほどにな」
孫市の口調は冗談めいていたものの、その瞳の奥にある鋭い光がギラリと幸村を捉える。
「見るに見かねた色んな連中が何年もかけて懐柔してやっと普通にはなったが、普通に見えるだけで結局根本は変わってねえ。そんで次はお前。お前はお友達の三成たちの努力を無駄にする気か?」
「すみませんが、孫市殿のおっしゃる意味が分かりません」
嫌味ったらしく丁寧に聞くと幸村は憮然と腕を組む。
孫市は幸村のそんな態度を鼻で笑うと、今度は指をトンと幸村の咽喉に突きつけて目を合わせた。
「お前が・・・、あいつが持って逝ってしまったモノを元親にもう一度植えつけることになる。そして、再び簡単に全てを奪うことになる」
「・・・なんです、それ。まるで私と元親殿が別れる前提ですね」
露骨に信親の代用品扱いされていることには怒りもせず、幸村は孫市の破局を前提とした話し方に不満を滲ませた。
「前提じゃなく、そう言ってんだよ。そして間違いなく、あれはもう使えなくなる」
「二重で失礼極まりない言い方ですね」
成就したばかりの若者に別離を宣言し、土佐国主の破滅を予告する言葉にさすがの幸村も顔を顰める。
「実際、そうだ。別人だと分かっていてもお前の声は信親に瓜二つ。元親が無意識でお前に依存し始めるのも、時間の問題だ」
「願ってもないです」
さらりと幸村が応えれば、孫市はダンと飛び散る雫も気にせずに湯飲みを机に叩き付けた。
「次にお前を失えば、それで元親は終わりだ。一度は捨てた心を無理矢理押し付け、それをまた剥奪すれば、あいつは今度こそ簡単に散ることを選ぶ!」
なんだ、と幸村は呆れた。
(結局、あなたも元親殿が大事なだけですか)
孫市の意図が見えて、幸村は一気に脱力する。
舅に詰め寄られる婿の気分だ。
大事な大事な一人娘のあまり、中途半端な男に取られることに怯える年寄りだ。
一度ボロボロになった娘の痛ましい姿を忘れることができず、だからこそ守りたいと思う親心。
まったくもって、馬鹿馬鹿しい。
・・・・・・待てよ、もしかして散々頼み込む私を諌めていた三成も本当は元親の事を心配していた?
(ということは?私は敵扱い?)
幸村は自分の発想に笑うと、余裕をもって居住まいを正す。
「ご安心ください、雑賀殿」
幸村は立ち上がると襖に手をかけた。
話しは終りだ、もう帰れと言わんばかりの幸村の態度に孫市の目が険しく細められる。
狭い室に殺気にすら似た沈黙が落ちる。
それは幸村が発しているのか、それとも孫市が幸村に発しているのか。
はたまた互いに、あるいは最初からそんな不穏な空気など存在しないのか。
答えを求める孫市に、幸村は普段通りの太陽に似た笑顔で振り返る。
「私はどんな手を使っても元親殿の全てを手に入れて、そして地獄まで連れてまいる」
「―――ゆ、きむら」
掠れた声に名を呼ばれ、幸村は視線を落とす。
「如何いたしました、元親殿?」
目を覚ました元親に殊更優しい声で囁き頭を撫でれば、元親は擽ったそうに目元を綻ばせた。
「幸村、寝ないのか?」
聞き終わってから元親は、自分の手が幸村に取られていたことに気付く。
「どうした?手など繋いで」
クスリと笑って尋ねる。
「少しでも貴方と離れているのが嫌なんですよ」
「傍に居るのに?」
「ええ、肌が触れていても、足りない」
幸村は言うと首を伸ばして頬に口付ける。
「疲れたでしょう?元親殿」
口元に微かな笑みを乗せ。
こめかみに、耳朶にと、到るところに口付けを施す。
「私は元親殿がいればそれだけいい。他はいらない」
「嘘はいかんぞ、幸村」
困った子供だとでもいうように笑う元親に、概ね間違ってはいないと云うと、掌で元親の頬を包み込み優しく撫でる。
「もう寝て。元親殿。明日も早い」
「ああ」
添えられた幸村の大きな手に頬を摺り寄せ、元親は目を瞬かせて見上げてくる。
幸村の高い体温に気持ち良さそうに擦り寄る元親は猫のようで、幸村は腹の底から沸きあがる愛しさゆえの乱暴にしたいという衝動を押し堪えた。
「元親殿。せめて私の横ではぐっすりと」
それに元親は緩やかに微笑んで小さく頷くと目を閉じて。
幸村の言葉に引きずられるように、元親は眠りに落ちた。
眠る元親の頬を撫ぜながら、幸村は闇の中で口端を上げる。
「代用品でもなんでも、利用できるものなら使うまで・・・」
眠る元親の表情は随分穏やかで、確かに付き合い始めた頃とは全然ちがう。
泣いて縋って無理矢理関係を持った頃にも元親の寝顔を見ることはあったが、それは人形のように表情がなかったり、内心の後悔を表すかのように苦しげなものだった。
『お前の声は信親に瓜二つ。元親が無意識でお前に依存し始めるのも、時間の問題』
ふと、昼間の孫市の言葉を思い出す。
きっと孫市にすれば最大級の嫌味のつもりだったのだろうが、むしろ幸村には歓迎したい事実だ。
「なにせ」
幸村はずっと握っていた元親の手を更に引き寄せて口付け、その指を舐り軽く齧りつく。
「似ているだけで、元親殿の心の中に入れたのだから」
元親を他人に取られまいと執着した信親殿に私は感謝したい。
お陰で、元親に想いを寄せる者が大勢居る中でも、今まで誰とも心を沿わせることなく一人でいてくれた。
「誠、感謝する」
彼は、死んでも幸せだっただろう。きっと最後にそれはそれは、見事というしかないほどの綺麗な笑みを元親に向けたに違いない。
そうすることで、信親は元親を永遠に自分のモノに出来るときっと確信していたのだ。
まさか自分に似た、略奪者がいるとは想像する事も無く・・・・・・。
元親の中に残された『長宗我部信親』という大きな傷跡を、幸村はその声で埋めてやることができる。
「死んだ奴に追いつくなど、簡単な事」
闇の中。にぃと人の悪い笑みが幸村の顔に浮かぶ。
元親の中に入り込み、息子だけが手にしていた元親を手中に収める。
「私は此処です。もっともっと私を求めてください元親」
信親が元親の心を持って昇ったというならば、自分は計算され尽くした心を元親に埋め込んでやるまでだ。
優しく優しく先手を打ち、戸惑わせる暇も与えず雁字搦めにしてやる。
かける言葉は労わりだけで、なにも元親に押し付けない。
そうやって幸村が元親の為に動けば動くほど、いままで元親を守っていた砦が音を立てて崩れる。
それは、幸村にしか聞こえない秘密の音。
周囲の人間も、元親自身すら聞こえない。
いつの間にか八方を塞いだ幸村の包囲の中、元親は知らずに陥落へと進む。
「誰が手放すものか」
もっともっと自分に甘えさせ、依存させる。
下手な背徳心や罪悪感は良心なんかじゃなく、幸村にとっては行為を煽る程度のものだとまだ気付かない憐れで純粋な元親。
記憶の中の信親に怯え、幸村の未来を案じ萎縮する。
「私は心だけじゃなく、元親の全部を奪ってやる」
心も身体も、生きる理由も、魂も、未来も。
そして、死んだ後だって放すものか。
幸村は視線を、僅かに空いている障子の隙間へと向けた。
隙間からも伺えるのは、満天の輝ける星。
綺羅綺羅と、地上では何にも代替することの出来ない美しい光。
それに幸村は笑みを一層深し、星から視線を外さず眠る元親の頬をべろりと舐め上げる。
「精々、そこで悔しがるがいい。連れて行く勇気のなかった息子殿」
幸村は腕を伸ばし障子を開ける。
そして、怒り震えるように輝く星達の下、見せ付けるように元親を抱いて眠りに落ちた。
10/08/19